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リトの生息記録

記録をつけるということは即ち生きている証拠なので

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大都会の散歩道

江戸城外堀ツアー

赤坂見附駅下車→弁慶濠→真田濠と歩き

四ツ谷駅を通過し、市ヶ谷濠まで歩いてきました。
お堀沿いを歩くので、迷わないで来られました。

     市ヶ谷濠① 
整備工事が行われているようです。
向こうに見えるのは駅でしょうか?

     市ヶ谷② 
おっ!電車が出てきた。
この色は中央線でしょうか。

この型の電車に乗ったかどうかは記憶が定かではないですが
中央線は何度か乗ったことがあります。
(今回は山手線に乗りました)

     市ヶ谷③ 
市ヶ谷濠を通過したら、次は飯田橋になります。
お天気も良く、色づいてきた木々とお堀を眺めながら、歩いて行きます。

こうやってみると
長閑なお散歩風景に見えますが
すぐ左は外堀通りという大きな車道が通っていて
車がバンバン走りまくって、あまり「静か」な場所ではないです。
でも、こういった昔のお堀跡と
際を走る鉄道、横の車道と大学のビル群・・は
いかにも都会!って感じです。

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江戸は真田が守ってた?!

江戸城「真田濠」に来ています

     真田濠② 
土塁の上から弁慶濠を見下ろしています。

弁慶濠は、福岡藩主黒田忠之の普請によるものです。
黒田官兵衛の子、長政の息子です。
黒田家は、関ケ原で東軍についていましたね。
右にカーブしているのは、首都高です。
江戸と東京が融合する場所。

関ヶ原で東軍についたのは
真田昌幸公の嫡男・信之公もそうでした。
「犬伏の別れ」で父と弟(幸村公)は西軍に
信幸公は東軍につくことを決めたのです。

大河ドラマ「真田丸」では家康から徳川に忠誠をつくすため、父親から受け継いだ「幸」の字をとれ、と言われて、「信幸」から「信之」にした話がありました。
読み方は変えなかったんだよね。

     真田濠④ 
「真田濠」
真田の名前がつくこの濠は、外堀の中で一番高い場所にあるそうです。
そして、守りの要であったそうです。

本多忠勝の娘(家康の養女とも言われる)小松姫と結婚して
徳川に忠誠を誓いましたが
徳川がこんな大事なところを真田に任せたのはなぜなのでしょう?

しかも、ここは
信之公と共に、伊達政宗公や、上杉景勝の息子も普請に参加していたそうです。
なぜ伊達でも上杉でもなく「真田」濠と名付けられたのか?

「真田丸」では
弟・幸村公は上杉景勝のもとに人質に行きましたが、息子のように大事にされていましたし
伊達政宗公とも信頼があった。
大坂の陣では奥方の春ちゃんや子どもたちを、政宗公に託したほど。

もしかしたら
「あの源次郎の兄上様」ということで一目置かれていたのかも?

江戸城の守りの要を請け負った信之公は
もしかしたら、お父上、昌幸公の知略を引き継いで、立派な濠をみんなと協力して
作ったのかもしれませんね。

写真でも分かる通り、「濠」といっても水が張られていません。
実は
東京大空襲の際に出た大量の瓦礫で埋め立てられてしまったのです。
現在は、上智大学のグラウンドになっています。

     真田濠③ 
真田濠の土塁の上は、このような散歩道に整備されています。
向こう側が四谷方面になります。
これは桜並木ですね!
春には美しい桜のトンネルになるんですね。

昌幸公が築城し、弟と徳川の大群を蹴散らした上田城も桜の名所。
春には信州と江戸、兄弟で美しい桜を咲かせるんですね~。



江戸に名を残す真田家

江戸城外堀ツアー

紀尾井坂を上りきったところで
再び壁がそびえたってるぞ、と思ったら、濠を掘った時に出る土で盛った土塁でした。

やれ、残った力で土塁の階段を上りますと、いやぁ、いい眺めですなぁ。

     迎賓館① 
この建物はもしや!!

     迎賓館② 
迎賓館赤坂離宮じゃないですかあああ!!

そう、リトが上ってきた土塁
ここは・・・
ここの名は・・・

「真田濠」と言います。

お兄ちゃん来たよ~!!!

かばんにつけた眞田神社の御守と

真田パパ丸(昌幸公がモデルです)と幸丸くん(幸村公がモデルです)のキーホルダーを
チリンチリン♪と鳴らしてあげました(笑)

     真田濠① 
結構高い!!


坂の名前に歴史あり

「江戸城外堀ツアー」開始です。
本来なら、東京駅丸の内方面に出て、日比谷から向かっていくところですが
ここからスタートすると時間がないので
いきなり行程をすっ飛ばします。

東京駅から赤坂見附駅まで、東京メトロ丸の内線に乗って移動しました。
まぁなんですか、地下鉄のホームを見つけるだけでも、遠足みたいでしたわ(笑)

無事、メトロに乗って、赤坂見附駅に到着。
ちゃんと「外堀通り」という案内板があったので、迷わずに出ることができました。

んで、「弁慶濠」も見たかった(ちょっとだけ通った)んだけど
気になった「坂」があって、その坂を上りたくて。(坂マニアではない)

       紀尾井坂① 
この坂!!
「紀尾井坂」いいます。
「紀州徳川家」の紀
「尾張徳川家」の尾
「彦根藩井伊家」の井
で「紀尾井 坂」なんですね。
現在は大きなホテルや大学が建っている場所ですが
昔は大名屋敷がたくさんあったんですね。

東京って結構急坂があるけど、この紀尾井坂はどの程度なんでしょうね?
10月に上った上田の権現坂よりは緩いかな?

       紀尾井坂② 
いやいやじゅうぶん急坂だろ!!(笑)

江戸散歩に行ってきたのだ

もうすぐ11月が終わろうとしているとある朝の富士山
     富士山 
富士山の雪、少ないですよねぇ。

先月末、所用で東京に行っておりました。
新幹線の中から写したのですが、あまりの雪の少なさにビックリ。
(ところが5年前の冬のブログ読み返してたら、やっぱり雪少ない!って書いてた。。)

用事は夜にあって
終わってからだと最終の新幹線に間に合わないため
1泊2日の帝都詣りとなりました。

せっかくお天気もいいし、11月末とは思えない暖かさでしたので
明るいうちから都内をお散歩しようと、お昼前には東京駅に着く新幹線に乗りました。

で、11時ちょっと過ぎに無事到着。

自分ではそんなに行っていないつもりはなかったのですが

最後に東京を散歩したのは4年も前になるんですね。

しかも、幕張で行われたNASAの宇宙博の帰りにちょこっと靖国神社辺りに行っただけでした。

そっか、ここ数年は信州の上田に行くための「乗換駅」でしかなかったのか。

その前だと、5年前。
皇居をぐるっと1周。「皇居ランナー」ランナーにはなれないので(笑)
歩いて回ったんだよね。
大手町→武道館・靖国神社→千鳥ヶ淵→各国大使館周辺→桜田門→日比谷→二重橋
とね。

じゃあ今回はどうする?
いろいろ考えた結果

「江戸城外堀お散歩ツアー」をすることにしました。
さすがに時間の関係で全部周れないので、ほんの少しですが。。

     外堀の歴史② 
ちょうどお堀の整備工事をやっている場所がありましてね
親切にもこんな看板がありました。
今回リトが歩いたのは、紫の部分
場所でいうと赤坂見附駅から水道橋までとなります。
(たいした距離じゃない。)

     外堀の歴史① 
こんな看板まで!!

何人かの人が写真を撮ったり立ち止まって読んでいました。
こういうのは、さすが東京!っていうかなんていうか。

お堀「堀」じゃなくて「濠」なんですね。

では早速歩いてみますか~!






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